老いを感じること


より長く生きている先輩方には怒られそうですが、ここ半年ほどで老いを感じることが増えました。

思った以上に食後胃がもたれるとか、疲れやすくて夜遅くまで起きていられないとか、腰痛が慢性化してきたとか、そういう身体的な衰えが顕在化してきたのもそうですが、それに伴ってなのか、精神面のほうの老いを特に実感するこの頃です。

率直に言うと、若い世代と自分の感覚がずれ始めたと感じるということです。

私も少し前までは若者の範疇にいたので、その当時自分の考えていたことを思い出すことはできるのですが、過去の自分と現在の彼らとでは社会情勢やら背景が違っていて、自らの体験を基に「その立場に立って考える」ことに限界があるのではないかと考えるのです。

少し前までは、新しいものを理解しようと努めることで気持ちの面で老いるのを防げるのではないかと思っていました。

ですが、胃もたれと同じように、やはり自分にとって新しい感覚というのは消化に時間がかかるようになってきました。

脳のいずれかの器官の働きが変わってきたのかもしれません。

受け入れること

「自分はもう若くない」という考え自体が老いている証拠であり、あまり受け入れたくないと思っていました。

私はどこか上の世代に対する反発とか抵抗感を持っていて、それを失いたくないのかもしれません。

でも、「ああはなりたくない」という意志というのはそんなに効果的でないように最近は思えてきました。

例えば「ああいう子育てはしたくないな」と何かを勝手に反面教師にしていたとして、その考えとは裏腹に気付けば自分も同じようなことをするようになっていた、ということもあります。

「ああはなりたくない」の「ああ」にもそれぞれの事情があり、自分もそうなる可能性もあるし、ならないかもしれない。

なのに、それに固執するのは単に自分に呪いをかけているだけなのかもしれないと思いました。

自分はもう若くなくて、あまりなりたくない老人のほうへと近づいていることは認めないとと思います。

それができるのは経験を通じてそちら側への理解が進んだ証拠なのかもしれません。

これはこれで大事な立ち位置と考える

とはいえ、やはり年長者の言動から「今はもうそういう時代じゃないよね」と感じることがたくさんあります。

若い世代の代弁者にはなれないけれど、心の違和感を捉える感覚はまだ持っていたいなと思います。

職場においても、もはや若手扱いされずベテランにもなれないどっちつかずの立場にいる状態で、だからこそ両者の間に立つという役割を期待されているようです。

若手からは一歩引きつつ必要なタイミングで声をかけたりサポートに入る。

ベテランに対しては「あなたが口うるさいだけではないことは知っています」というスタンスで対応する。

という感じなのかなと思っています。全くできてないし、まだまだ手探り状態でありますが。

組織からの期待はさておき、自分の感覚をアップデートしつつ、身体的に追いつけないところは無理について行こうとせず、独自のペースを守るようにする段階かなと思ったりする今日この頃です。

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