これまでの5年間、これからの5年間

これまでの経験上、5年というのが自分の人生におけるひとつの時間の単位のように思っていて、今はその境目にいるように感じています。

今から5年前、2017年も今とちょっと似たような心境でいたというか、前年に大きな環境の変化があり、そこに適応できてきたと同時に空虚感を覚え始めたという状況でありました。

妙に満足しているというかね。
自分は未熟だけど、それが自分の相応の姿なんじゃないかと思っていて、急に世界が終わったとしてもまったく悔いが残らないだろうと感じる日々でした。

2017年はMastodonを始めた年でもあります。
当初は人と交流するつもりはなく、ただ勢いよく流れる連合TLを眺めていただけでしたが、インターネットで人格をもつようになり、自然と人との交流も増えました。

エンジニアの方や情報関係を趣味としている人が多かったので、触発されてPCを改造したり、VPSを借りてWordPressのサイトを作ったりしました。

この頃は平日は夜遅くまで仕事しているか飲み会に行くかという日々だったので、投稿を見ていた一部の人からは謎の酒好きのおっさんだと思われていたようです。

年末からはSNS上ではあるコミュニティに拠点を移しました。

この頃から、自分は再び絵を描きはじめたり、占いを始めたり、自分が気になっていた、やってみたかった分野にも手を出し始めます。

虚無のようだった生活が、やるべきことであふれるようになりました。

今でこそ多趣味な人間のようになっていますが、飽き性ではあっても元々そこまで色々なものを同時にやるタイプというわけではありません。

これはインターネットを通じて築いた人間関係によりもたらされた恩恵のようなものだったと思います。

もっと自分の好きなこと、自分の本心と向き合う時間をつくるため、ブログを始めることにしました(この頃ははてなブログ)。

2017〜2018年頃は、こんな風に抑圧していた自分を解放しようとしながら、避けられない現実に追い立てられるような日々を過ごしていました。

仕事に関しては辞めるという選択肢が常にありましたが、それを決断することはできませんでした。

そんな中2018年の夏〜秋は予期しなかったことが次々と起こりました。
部署異動、復縁、妊娠など。

これにより、自分の行く末について一旦考える必要がなくなりました。
毎日のように自分を占っていた占いも、自然としなくなりました。

母親として生きるための覚悟は相当必要でしたが、選択肢が少なくなったことで自分に特別な逃げ道が用意されたように思われました。


過酷な労働環境から解放されて、安全な家庭内にいられることは幸福です。

しかし何もせずに安全な家庭は成立しません。
時にはどこよりも恐ろしい場所になることもあります。

自分はそれを理解するのに3年かかりました。

2019年〜2020年は子育てに専念するつもりでしたが、自分は完全な母親にはなれませんでした。

子供の健康と成長を第一に考える一方で、自分のためだけの行動を制限することは困難でした。
睡眠を犠牲にして得た時間を相変わらずSNSに溶かしたり、サーバーを建てたりしていました。

そういうことが間接的に家庭内の問題を引き起こしていることに気づいてからは、少し抑制できるようになりました。

もちろん自分の行動だけが問題だったわけではありません。
愚痴を言えば味方をしてくれる人が沢山いることも知っていました。

でもそういうことではないのだと、気づくのに時間が必要だったのです。

昨年、仕事に復帰してから、家庭にいながらある程度自立することも自分の精神衛生上重要であることもわかりました。

結局は何事もバランスであるということです。

自分が家族のためにできることは何か。
自分が自分のためにできることは何か。

現状は、ある意味で自分が望んだ叶った結果のように思えます。

当時答えを出さずに保留していた問題に、今度は逃げるのではなく向き合っていくのが、次の5年への第一歩のような気がしています。

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