人生の方向性についての考え

自分は、何か一つの目的に向かってそれをやり遂げる、というのができないらしい。

一応、何かを始めるときは目的を設定するけれども、途中で熱意が失われていったり、他のことで忙しくなったりすると本来の目的を大事にしなくなる。

ただ「中途半端な」(←これが厄介)責任感はあるので、やめる決断も遅い。

そうしたことを繰り返すと信頼も失っていくし、新しいことを始めることも億劫になってくる。

こんな感じで八方塞がりな気分になっていたのが最近の自分だったと思う。


1週間前くらいから、これはいつもの良くない流れだと気づきはじめ、とりあえず自分のものではない考え(「誰かがこう考えているだろう」という私の中の妄想)について極力無視し、脳内から排除するよう心がけている。

これをするととりあえずは楽になる、というか目の前のことはできるようになる。

だけど、自分自身の内に「これがしたい」というものがいかに存在しないかということが明らかになるので、それはそれで虚しくもある。


思えば、自分の人生にとって大事な何かみたいなものを、この数年ずっと探していたような気がする。

でも結局そういうものは無いのだというふうに結論が出つつある。

何となく、自分には努力が足りないのだと思っていた。

だからもっと努力して、いろんな情報を仕入れれば何かひとつでも突破力のある得意分野ができたなら、自分にもっと自信ができるのではないか、と。

いわゆる「何者かになりたい」というやつかもしれない。


実際、これを頑張ってみよう!と自分なりに取り組んだものもいくつかあった。その結果得たこともたくさんあった。

ただ、そういうのが自分の性質に合っていないような気がしている。

まだ努力が足りない、覚悟が足りないのかもしれないが、私の場合、もっと頑張ったところで必死さとか悲壮感が出るだけで、その先に何かを生み出してもあまり良い雰囲気を出せないように思うのである。

努力の方向性が間違っているとでもいうのかもしれない。


そういうわけで、なにか目的に固執するとか、そもそも目的を探すこととかを、やめてみようかと思っている。

自分には特に何も無いけれども、運の良さでこれまで生きてこれたと思っているので、自分で自分の人生を切り開くぞ! みたいなのはやめて、引き続き運に任せて、目の前のことをなんとなく処理しながらやっていこうかなと思っている。

そのほうが自分以外の人間のためにもなるかもしれない。

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