大人になることのむずかしさ

先月、『大人になることのむずかしさ』1という本を読んだので、そこで感じたことなどを書きたいなと思うもなかなか筆が進まず、でも今のうちに何かしら残したほうがいい気がするので、まとまりはないけれどつらつら思いつくまま書いてみることにした。

この本は「〈子どもとファンタジー〉コレクション」というシリーズに収録されていて、青少年やその周りの大人のための本のように思われるけど、私がこの本を購入したのはおそらく2,3年前で、自分のことを見直すために買ったものである(そしてそのまま積読になっていた)。

このブログを始めた頃にも書いたけど、自分は大人になりきれていないと感じていて、その状態のまま30代になったことにかなり危機感を抱いていた。

そして、自分自身に存在するいくつかの問題の原因が「反抗期がなかった」ということにあるのではないかと考えていた。

もちろん中高生の頃には親や周囲に対して反抗的な気持ちは持っていたけど、それを表に出すことはなく自分の内に自分の世界をつくって完結させていた。

そんなふうに、人に流されているようでいて同時に他人と距離を置き続けていたのではないかと思う。

社会人になって、一人暮らしを始めて給料をもらうようになると、なんだか一人前になったような気になったけれども、それは「大人になる」ということとは別だった。

では「大人になる」とはどういうことだろう?

それはつまり「自立する」ということになるんだけど、これが(日本的な事情もあって)むずかしいのである。というのがこの本の内容であった。

どう難しいのかを具体的な事例を挙げながらやさしい言葉で書いてくれているので、難解な話であっても納得しながら読めた。

なんとなくわかっても、自分で頭の中を整理しなおすのは非常に難しい。

ただ、自分のことにあてはめて思ったことを書くと、自分自身がいまちょうど自立に向かっている過程にいるのかなと感じた。

自立するということは孤立とは異なる。自立というのは人とのつながりを断ち切ることではない。

それが今になってようやくなんとなく理解できるような気がする。

そこに至れるようになったのは、自分の記憶を拾って書き起こしたり、自分が好きだったこと/好きなことを確認したり共有するということを地道に続けた結果かもしれない。

また、誰かとの人間関係に悩み、その都度距離感を測り直したりした結果でもあるのかもしれない。

ささいなことでも、悩んでいる自分にきちんと向き合ってあげることが自分には必要だったのだと思う。

自分の考えは、時に矛盾に満ちていたり、自分の外の理論に当てはめると合理的でないことが多い。

だからといってそれを否定したり、初めからなかったことにしたりするのは自分を空っぽな状態にしてしまうのではないか(そもそもそんなことはできないのだと思う)。

あやふやで特にこれといった理論もなくやっていた自分との対話のようなものだったけれど、この本を読んで、そのひとつひとつが本当のところ大事だったんだよと肯定してもらえたような気がしたのだった。


  1. 河合隼雄, 河合俊雄編. 大人になることのむずかしさ. 岩波現代文庫, 2014, 224p., 〈子どもとファンタジー〉コレクション,5). ↩︎